前回は、M&Aにおいて買収企業のCFOが果たすべき役割について述べました。
今回は、被買収企業である上場会社のCFOがどのような役割を果たすことが必要かについて考えてみたいと思います。
被買収企業サイドであったとしても、買収企業と同様、「利害関係者(その中でもとりわけ、外部株主)に対する説明責任(アカウンタビリティ)を果たすこと」が最も重要です。
上場企業が買収される際には、公開買付け(TOB)(注1)がなされるケースが多いのですが、そのようなケースにおいては、被買収企業は、「公開買付価格(TOB価格)が、被買収企業の株主にとって魅力のあるものかどうか」を検討し、意見を表明する必要があります。
ここでしっかりとした検討の上、意見を表明することが、すなわち、「説明責任(アカウンタビリティ)を果たすこと」であると言えますが、CFOは、意見表明に至るまでの検討プロセスにおいて、中心的な役割を果たすことが必要となります。
前回の例を再度用いると、
A社が、B社を買収するに際しては、
B社サイドとして、「A社の提案(買収価格等)がB社株主にとって魅力のあるものかどうか」を検討する必要がありますが、具体的には、
①なぜ他の会社ではなくA社なのか?
②株主に報いるために、A社からの買収を受入れること以外の選択肢は検討したのか?
③A社による当社(B社)の買収価額は妥当な水準なのか?どのような検討を行って妥当と判断したのか?
といった(外部株主等からの)問いかけにしっかり答えることができる材料を揃えておく必要があります。
そして、そのために、CFOが中心となって、「アドバイザーや専門家を起用し、説明責任を果たすための材料集めを主導する」ことが、(買収サイドのCFOと同様に)求められます。
であると言えます。
ここで重要なことは、
被買収企業の場合、
検討の結果、「買収されることに十分なメリットがない」と判断し、買収を拒否する場合においても、十分な説明責任を果たすことが必要であるということです。
なぜならば、被買収企業が買収提案を断る場合、「本来は株主にとってメリットのある買収条件であるにもかかわらず、被買収企業の経営者が保身のために案件を潰したのではないか」との疑念が生じるため、そうではないということについての十分な説明が必要になるからです。
CFOも経営陣である以上、疑念をもたれる側の人間であるため、利害関係のない「アドバイザーや専門家」を起用し、その意見を入手することは、買収企業サイド以上に重要となります。
近年、買収企業と被買収企業の間の合意前に、上場会社に対する買収提案がされたとの報道がなされるケース、さらには合意がない状態での公開買付け(TOB)の実施がなされるケースが増えています。
このようなケースでは、「被買収企業がどのように対応したか」について、株式市場関係者を中心に大きな注目が集まりますので、なおさら、被買収企業は、「株主目線での検討」を、「利害関係のない第三者」の意見をとりながら進める必要性に迫られます。
具体的な事例として、例えば、2019年において、澤田CEOが率いる旅行会社エイチ・アイ・エスが、不動産会社でありホテル・チェーンをもつユニゾホールディングスに対して、買収に関する合意がない状態で公開買付け(TOB)を実施しました(注2)。また、その後、ホワイトナイト(注3)と目されたフォートレス・インベストメント・グループ(ソフトバンクG傘下)からの公開買付け(TOB)がなされましたが、こちらは公表時点では合意が存在していたものの、その後ユニゾホールディングスの賛同表明が撤回され、さらには米大手PEファンドのブラックストーンからの提案も合意がない状態においてされ、最終的には買収企業・被買収企業間合意の上で、米不動産ファンドであるローン・スターがEBO(注4)仕立ての形態でユニゾホールディングスを買収することとなりました。
上記案件では、エイチ・アイ・エスによる公開買付け(TOB)からローン・スターとの合意公表までに約6ヵ月間という期間を要しています。その間、複数社からの買収提案に対してユニゾホールディングスがどのように対応していたかについて、株式市場関係者を中心に大きな注目が集まり続けました。
改めて、先ほどのA社、B社の例を、上記事案に当てはめてみると、
①ユニゾホールディングスの経営陣は、
②なぜ他の会社ではなくローン・スターなのか?
③株主に報いるために、ローン・スターの買収受入以外の選択肢は検討したのか?
ローン・スターによる当社(ユニゾホールディングス)の買収価額は妥当な水準なのか?どのような検討を行って妥当と判断したのか?
といった(外部株主等からの)問いかけにしっかり答えることができる材料を揃えておく必要があります。
外部から入手できる情報のみに依拠しての記載になりますが、
ユニゾホールディングスは、報道されているエイチ・アイ・エス、フォートレス・インベストメント・グループ、ブラックストーン、ローン・スターからの提案条件をすべて横比較しており、加えて4社以外からの提案(16社の候補者と接触との報道あり。)も検討した上で、もっと株主にとって有利な価格(5,100円)であるローン・スターからの提案条件を受け入れる意思決定をしています。エイチ・アイ・エスの公開買付け(TOB)直前の株価が1990円であったことや、保有する賃貸等不動産の時価を反映した1株当たりNAVが6000円前後であること、独立委員会の意見を取り付けながら案件を進めたこと、も考えあわせると、①、③については説明が可能な状況が作り出されたものと思われます。また、②については、推測になりますが、市場株価に反映しきれていない不動産価値を顕在化させることについての自前での手立て(普通に考えますと自社がスポンサーとなるREITをIPOさせる等と思われます)を検討した上で、ローン・スターと組んだほうがよいと判断したものと思われます。なお、ローン・スターも当然ながら、今後、不動産価値を顕在化させる必要があり、REITはそのための有力な手段であると考えられます。
上記事例をみてもわかる通り、被買収企業の意思決定が妥当であることの証明を、厳しく問われれば問われるほど、被買収企業としては、①複数の有力な買収候補企業を招聘(マーケット・チェック)した上で、②各社からの提案を受け入れ比較し、③独立(第三者)委員会等の意見をとりながら、検討を進めることが求められます。
被買収企業のCFOはこれを主導する必要があるため、アドバイザーである証券会社や弁護士のオーケストレーション能力、社内外からの情報収集能力、独立(第三者)委員会とのコミュニケーション能力等について、高いレベルを有している必要があります。買収提案は突然なされることが多く、日頃からの研鑽が必要であり、事あるごとに上場企業のM&Aに関する他社事例をよく分析した上で、イメージトレーニングをしておくことが重要と考えられます。
(注1)公開買付け(TOB):ある株式会社の株式の買い付けを、「買付け期間・買取り株数・価格」を公告し、不特定多数の株主から株式市場外で株式等を買い集める制度のこと。日本では公開買付けをTOB(take-over bid)と言うことが多い。
(注2)2019年において買収に関する合意がない状態で公開買付け(TOB)が実施された事案として、他にも、伊藤忠商事によるデサントへの公開買付け(TOB)、コクヨによるぺんてるへの公開買付け(TOB)等があった。
(注3)ホワイトナイト:敵対的買収を仕掛けられた対象会社を、買収者に対抗して、友好的に買収または合併する会社のこと。白馬の騎士になぞらえて、このように呼ばれる。
(注4)EBO:Employee Buyout(エンプロイー・バイアウト)の略称。企業の経営陣ではなく従業員がその企業の株式等を取得し、事業を買収したり経営権を取得したりする取引のことで、M&A手法の一つ。
(次回は、「CFOに求められる資質」を掲載予定)