キャリアフィロソフィーの「金融花伝」⑨:東証の市場区分再編

東証の市場区分は、現在、本則(二部、一部)、ジャスダック(スタンダード、グロース)、マザーズの5つの区分となっています(PROマーケットを除く)。
これが、2021年4月に、プライム市場、スタンダード市場、グロース市場の3区分に再編される予定です。

なぜでしょうか?

少し時代を遡りますと、1999年から2000年代後半にかけて、東京証券取引所(以下「東証」)、大阪証券取引所(以下「大証」)その他の国内の証券取引所の間で、ベンチャー企業の誘致合戦が行われ、それぞれの取引所が新興企業向けの市場を開設してきたという経緯があります。
1999年には、米国のナスダック・ストック・マーケットとソフトバンクが合弁でナスダック・ジャパン株式会社を設立し、2000年には大証と共同で「ナスダック・ジャパン」という新興企業向け市場を開設しました。
また、ナスダック・ジャパン株式会社設立の公表の5か月後には、東証が新興企業向け市場のマザーズを開設し、ナスダック・ジャパンに対抗する構図となりました。

その後、大証が、新興企業向け市場を運営する株式会社ジャスダックをTOBにより子会社化するなど、競争の流れから統合の流れに変化、2013年にはグローバルな市場間競争に勝ち残るために、東証と大証が経営統合し、日本取引所グループが発足しました。

上記の過去の経緯を踏まえると、今回の市場区分再編は、東証と大証の経営統合のPMIとみることができます。

経営統合の段階では、それぞれが運営する市場をそのまま存続させましたが、その後、「各市場のコンセプトが曖昧」、「二部とジャスダックの違いが分かりにくい」、「東証一部へ市場変更する際にジャスダックからだと時価総額250億円が必要なのに、マザーズだと40億円で行けてしまうのは不公平」等の批判がされるに至りました。

長年、新興企業をめぐって競合していた市場の運営者が経営統合したのですからある意味当然の成り行きですよね。

また、「わかりづらい」だけならまだしも、マザーズから東証一部への市場変更の際の時価総額の基準が前述のとおり40億円と「緩く」なっていることは「弊害がある」との批判がされていました。この基準はもともと東証が新興企業を誘致するために意図的に緩くするために設けられたものと見られていますが、これに対しては「持続的な成長を促すための動機付けが十分にできていない」、「IPOゴールを助長しているのではないか」との批判がされるに至っています。

経営統合から5年が経過した2018年ころから、これらの批判へ対応しなければならないとの問題意識から、市場区分再編の流れができたとの理解をしています。

上記の流れから、「コンセプトを明確にする」、「動機づけを可能とする」ことを意識することに加え、「流動性」と「ガバナンス」という切り口が重視される中で、あるべき市場区分を検討した結果、2020年2月に、プライム市場、スタンダード市場、グロース市場の3区分への再編を東証が公表しました。

内容は様々ですが、コンセプトと形式要件の厳しさについて、おおざっぱに言うと、「プライム市場」は、現在の東証一部よりかなり要件が厳しい(=よりステータスの高い)市場、「スタンダード市場」は現在の東証二部とジャスダックに近い市場、「グロース市場」は現在のマザーズに近い市場となっています。
さらには、「プライム市場」については、形式要件が厳しい(時価総額250億円、利益が2年間で25億円等)だけでなく、今春に予定されているコーポレートガバナンス・コードの改訂に伴い、より厳しいガバナンスの基準(社外取締役の比率等)が適用されることが予定されています。

そのため、現在東証二部とジャスダックに上場している企業の大半が「スタンダード市場」に移行し、マザーズ上場企業の大半が「グロース市場」に移行することが予想される一方で、現在の東証一部企業は、そのうちのごく一部の企業は「プライム市場」に移行するものの、かなりの数の企業が「スタンダード市場」へ移行せざるを得ない状況となることが予想されています。

最近マザーズに上場した企業、現在マザーズ(グロース市場)を目指している企業にとっては、自社への影響が気になるところですが、市場区分再編を進める一連の制度改正の流れの中で、①上場廃止基準が厳しくなったこと(これは3市場とも共通しています)、②高い成長可能性に関する継続的な開示が必要となったこと(グロース市場)、には留意を要します。
これらはいずれも、IPO後にも緊張感を伴った経営がなされるべきとの考え方が背景にあると考えられています。

IPO自体は華やかなイメージがありますが、上記のとおり、ガバナンス強化、市場の規律強化、開示の充実の要請などが多く織り込まれており、市場や投資家への責任の重さを改めて認識する機会となる制度改正であると感じました。

(次回は、「赤字企業のIPOについて」を掲載予定)