前回のコラムで、投資家が株式を購入するためには、換金の場が必要であり、「投資家の自己責任原則」を貫くためには、企業の業績や財務に関する情報は適時適切に提供される(=企業内容等の開示)必要があると記載しました。
また、それらが適切に行われる企業かどうかを確かめるのが、上場審査であると述べました。
もし、IPO後に、実はそれらができていない企業であり、開示された財務諸表が粉飾であったことが発覚したら、どうなるでしょうか?
残念ながら、IPO後の粉飾発覚は、稀にではありますが、今でも起きています。
そして、これまでのIPO粉飾事案の中でも、特にIPO業界に大きな衝撃を与えたのが、2010年に発覚したエフオーアイの粉飾事件です。
株式会社エフオーアイ(以下、「エフオーアイ」)は、2009年11月に東証マザーズに上場した半導体製造装置メーカーで、エッチング装置に技術的優位性をもつ企業でしたが、IPOの半年後の2010年5月に粉飾決算が発覚しました。
そして、粉飾発覚後、事業継続が困難となり破産手続きが開始されるに至りました。
当然の流れとして、被害を被った投資家(IPO時に株式取得した投資家および上場後市場で株式取得した投資家)が、主幹事証券会社を含む引受証券会社、売出人、会計士、取引所、エフオーアイ役員を被告として、2010年9月から2012年3月にかけて民事訴訟を提起しました。
粉飾の手口は、①架空の売上について、案件リスト、帳票類(受注書、請求書、通関書類、検収確認書等)を偽造、②預金通帳(原本)への不正な印字、加工済の通帳写しを取引所等へ提出、③得意先仕入れ担当者と通謀(虚偽の残高確認書が作成された)、④売掛金回収期間の長期化に関する説明(初号機は歩留まり向上のためのプロセス・インテグレーションに長期間を要し回収まで1.5-2.5年かかる)、⑤売上時期の偏重に関する説明(取引先数が少なく海外企業が大多数であるため)、など非常に巧妙かつ悪質なものでした。
本事案が「IPO業界に大きな衝撃を与えた」と述べましたが、これは(第一審判決においてではありますが)、我が国で、はじめて、引受証券会社が損害賠償責任を負うとされた事案であったからです。
第一審判決において、粉飾を見抜けなかったことについて、監査法人が責任を負うことに加え、主幹事証券会社等も損害賠償責任を負うかどうか、が焦点となりました。
実は、オファリングの重要性に鑑み、引受証券会社の責任は金融商品取引法により加重されています。オファリング時に提出される有価証券届出書や交付される目論見書に重要な虚偽の記載があった場合、引受証券会社が「相当な注意」を払ったことを引受証券会社自ら証明しない限り、オファリング時に株式を取得した投資家に対して損害賠償責任を負うこととされています。「加重」というのは、立証責任が投資家ではなく証券会社サイドある点を民法709条との比較で立証責任が転換されていることを指しています。
そして、粉飾に関して、証券会社が「相当な注意」を払ったと評価できるためには、何をどこまで行っていればよいかという点と、実際に行った行為の十分性が論点になりました。特に、本事案では、粉飾を指摘する匿名の投書が関係者に届いていたため、「投書があったのになぜ上場させてしまったのか」、「証券会社としてやるべきことをやったのか」という点に注目が集まりました。
我が国で、はじめて、引受証券会社が損害賠償責任を負うとされた第一審判決の内容を簡単に説明しますと、「証券会社は、通常は監査法人の監査結果に依拠できるが、監査結果の信頼性に疑義を生じさせる事情があるケース(本事案では匿名投書の存在)においては、主幹事証券会社が自ら追加調査を行い判断する必要がある。そして、主幹事が実施した追加調査は不十分であった。」というものでした。
なお、その後の、第二審では、主幹事が行った追加調査の十分性が認められ、覆った経緯があります。
このような事件が起き続ければ、IPO業界に対する信頼が失われ、ひいてはベンチャー企業の資金調達にも悪影響を与えかねないため、今後、このような事件が起きる可能性を可能な限り排除していくよう、IPO業界のすべての関係者が、努力していくことが重要でしょう。
(次回は、「SPACについて」を掲載予定)