キャリアフィロソフィーの「金融花伝」⑫:スタートアップ支援の役割を担うプレイヤー

我が国の政府は、2022年をスタートアップ創出元年と位置づけ、2022年11月に「スタートアップ育成 5 か年計画」を策定し、スタートアップへの投資額を5年後に10倍(10兆円規模)とする目標を掲げています。

今回は、「スタートアップ支援」の観点から、特に重要と考えられるプレイヤーとして、「ベンチャーキャピタル」と、「コンサルティング会社」をとりあげ、その役割と課題について、纏めてみました。

<ベンチャーキャピタル>
一般的に、スタートアップは、事業実績に乏しく、将来の業績の不確実性が高いため、銀行借入の活用余地は大きくありません(注)。

そうかといって、営業キャッシュ・フローのみを原資として研究開発等の投資活動を行うとすれば、投資の規模が限定されてしまうため、短期間で高い成長を遂げることは難しくなり、そうすると、潤沢な資金を有するコンペティターとの競争上、負けてしまうことにもなりかねません。そのため、スタートアップにとって、株式の発行による資金調達とそれを原資とした先行投資は必須です。

そして、主な資金供給の担い手がベンチャーキャピタル(以下、「VC」)なのです。すなわち、VCの役割は、非上場の有望企業に対する資金供給です。投資した資金の回収手段(EXIT)は、主に、IPOやM&Aであり、VCは、投資先企業の成長を促進し、EXITを確保するために、投資先企業への経営支援を行うのです。

次に、VC の課題ですが、スタートアップへの資金供給を役割とするVCが、「スタートアップ育成5か年計画」に貢献するためには、さらなる、(ⅰ)有望企業の発掘と、(ⅱ)VCファンドの組成金額の増大が必要でしょう。そして、VCファンドの組成金額の増大、特に、米国との比較で不十分と考えられているアセットオーナーからVC ファンドへの資金供給(LP 投資)を増大させるためには、EXITの多様化/充実が課題となります。

この点、現状、VC の EXITについては、日米で大きな差があるのです。経済産業省「令和2年産業経済委託事業」資料 (大企業×スタートアップのM&A に関する調査報告書(令和3年3月))には、日米のVC の EXIT比較データとして、IPOとM&Aの件数が示されています。当該データによれば、2019年のIPOと M&Aの合計件数は、日本が131件、米国が918件でした。「いずれの国のEXITが、より充実しているか」を考えるには、経済規模の差を考慮する必要があるので、日米の GDP 比(2019年当時)を1:4と仮定し、米国の合計件数を4で除すると、230件となり、日本の131件の1.8倍規模であることがわかります。これを見ると、我が国のスタートアップ投資のEXIT(特に、日本はIPO偏重といわれていますので、EXITの中でもM&A)は、まだまだ、多様化/充実させる余地がありそうですね。

<コンサルティング会社>
ここでは、コンサルティング会社の中でも、スタートアップ支援の観点から、独立系のIPOコンサルティング会社(以下、「コンサルティング会社」)をとりあげました。
コンサルティング会社の役割は、IPO 準備会社に対して、IPO準備全般または特定の経営課題に関するコンサルティング・サービスを提供することです。コンサルティング会社の強みの1つは、独立性ないし第三者性です。証券会社が、IPO準備会社へコンサルティング・サービスを提供しながら、一方で、オファリングの際に発行体と引受契約を締結し、公開価格等の協議を行うのと異なり、コンサルティング会社は、純粋にコンサルティング・サービスのみを提供します。そのため、クライアントであるIPO準備会社は、利益相反の懸念や疑念を抱くことがなく、安心して相談することができるのです。

そして、コンサルティング会社の強みのもう1つは、提供するサービスのメニュー のうち、どのサービスの提供を受けるか、すなわちサービス・スコープの設定が柔軟であることがあります。上場申請までに改善すべき課題の内容や量は、IPO準備会社によって、まちまちであり、IPO準備会社の中だけで解決できるものもあれば、プロのアドバイスを得ながら取り組んだほうが効率よく改善できるものもあるのです。コンサルティング会社は、個々のIPO準備会社の状況に応じ、提供するサービス・スコープをオーダーメードで設定することができます。

それでは、コンサルティング会社の課題は何でしょうか。
IPOコンサルティングビジネスは、高度な専門知識や豊富な経験を必要とする一方で、大規模な設備投資や許認可等を必要とするものではないため、比較的に参入障壁が低いのが特徴です。そのため、事業主の規模は、公認会計士や税理士等の専門家を多数擁する大規模なコンサルティング・ファームから個人事業主まで、非常に幅広く、提供するサービスの質も事業主毎にレベルの差が大きく、玉石混交です。
そのため、クライアントから選ばれ続けるためには、サービスの質を、競合他社との比較で、高い水準に維持することが肝要です。報酬水準とのバランスは重要ではありますが、IPO準備会社にとって、「安かろう、悪かろう」は 受け入れられないため、高品質・高価格を目指すことが理に適う業界といえるでしょう。

そして、高品質を確保するために重要なことは、①優秀な人材の確保、②継続的な社内研修、③コンサルティングの現場で得られる情報や経験の蓄積と社内共有であると考えられます。
この点、IPO ビジネスの経験を有する人材は不足気味であり、優秀な人材の確保は、コンサルティング会社にとって死活問題といえるでしょう。
「高品質のサービスを提供⇒レピュテーション・業界内ステイタスの向上⇒高い水準のフィー の獲得⇒人材マーケットでの競争力向上」、という好循環を確保することが重要になるでしょうね。

(注)近年は、金融機関が、スタートアップに対して、無担保や低金利の融資を行うとともに、スタートアップが金融機関に対して新株予約権を無償で発行・付与する仕組みにより、資金調達を行うケースが増加しており、このような形態のファイナンスを「ベンチャーデット」と呼ぶことがある。しかしこれも、将来の株式発行を伴うファイナンス形態であることに留意が必要である。