最近2~3年のIPOマーケットの傾向として、マザーズへの新規上場企業の中で、上場申請日の直前期が赤字である企業(直前期赤字企業)や、上場申請日の属する期が赤字予想である企業(申請期赤字企業)の割合が増加していることが挙げられます。
新規上場会社のⅠの部と上場日に公表された業績予想値に基づいて、筆者が集計したところ、2019年以降直近までの約2年半(注1)で、マザーズへの新規上場企業全体の20~25%が直前期赤字企業であり、申請期赤字企業の割合も10%超で推移しています。
マザーズは、利益に関する形式要件を設けていない一方で、「高い成長可能性」を有し、かつ、上場審査において事業計画の合理性が確認されることを要件としていますが、近年、事業計画の合理性を比較的確認しやすいSaaS、サブスクリプションなどのストック型ビジネスを採用する企業が増加していることが、赤字企業のIPO増加の1要因と考えられます。
ところで、他の市場と異なり、利益に関する形式要件がなく、赤字での上場が多いということは、なんとなくですが、投資家にとってのリスクは高そうですよね。
投資家保護は、どのように行われていると思いますか?
一般的に、投資家保護の方法には様々ありますが、リスクが一定の範囲を超えて高いものについては、①投資対象として認めない、②投資対象として認めるが参加可能な投資家をリスク許容度の高い投資家として一定の要件を満たす投資家に限定する、③リスクに関する適切な情報開示を条件に全ての投資家の投資対象として認める、といった対応が考えられます。
例えば、東証の本則市場の上場審査においては、今後の収益獲得能力と、経営活動の安定性・継続性が確認されますが、これには、申請会社の上場後の利益計上の蓋然性に関するリスクが一定の範囲を超えて高くないことを確認するという意義がありますので、①の方法(=リスクが一定の範囲を超えて高いものについては投資対象として認めない)を採用していると見ることができます。
これに対して、マザーズは、そもそもの市場コンセプトが、高い成長可能性を有する一方で、事業実績等の観点から相対的にリスクが高い企業のための市場ですので、①の方法を採用すること を想定していない市場なのです。
マザーズ上場会社のⅠの部の「事業等のリスク」を見ればわかりますが、多くの会社が、「特定の事業への収益依存度が高い」、「特定の取引先への依存度が高い」、「特定の人物への依存度が高い」、といった記載を行っています。このような記載を行っている会社においては、事業環境の大幅な変化(営む単一事業の事業環境の著しい悪化、依存する特定の取引先との関係悪化等)が生じた際の業績変動や会計不正など様々なリスクが存在し、その程度は他の市場との比較で、高いと考えられます。このようなリスクを有する会社が申請してくるマザーズの上場審査において、仮に、本則市場と同様に、「今後において安定的に利益を計上することができる合理的な見込み」や、「経営活動の安定性・継続性」を要件とした場合、多くの申請会社が上場できないことになってしまいます。
しかながら、このような扱いは、マザーズのコンセプトに反し、本末転倒です。
従って、マザーズのコンセプトと投資家保護の両立は、②の方法(=投資対象として認めるが参加可能な投資家をリスク許容度の高い投資家として一定の要件を満たす投資家に限定する)、又は、③の方法(=リスクに関する適切な情報開示を条件に全ての投資家の投資対象として認める)に拠らざるを得ません。
そして、マザーズは、個人投資家を含む幅広い層の投資家による資金提供を呼び込むために、投資家の範囲が限定されてしまう②の方法ではなく、③の方法を採用しており、これによって、相対的にリスクが高い成長企業のIPO を可能としています(注2)。
そのため、マザーズの上場審査においては、今後の収益獲得能力と、経営活動の安定性・継続性が実質審査項目とされていません。また、「事業計画の合理性」において「事業計画を遂行するために必要な事業基盤が整備されていると認められること又は整備される合理的な見込みがあると認められること」とされており、必ずしも申請時点で事業計画遂行に必要なすべての経営資源が確保されていることまで求められません。
一方で、マザーズにおいては、開示の充実が強く求められます。上場審査においても、開示書類の審査における確認ポイントとして、事業計画及び成長可能性に関する事項、資金収支の状況に係る分析及び説明、研究開発活動の状況、配当政策、公募増資の資金使途、リスク要因(申請会社の事業年数の短さ、累積欠損又は事業損失の発生の状況、特定の役員への経営の依存、他社との事業の競合状況、市場や技術の不確実性、特定の者からの事業運営上の支援の状況等)等が追加され、十分な開示を行うことができるかが審査されるのです。
(注1)2021年は5月17日までに上場承認が行われた案件を対象として集計。赤字の判定は経常利益(IFRS採用企業は税引前当期純利益等)により行った。
(注2)②の方法(=投資対象として認めるが参加可能な投資家をリスク許容度の高い投資家として一定の要 件を満たす投資家に限定する)を採用している市場に、東証の TOKYO PRO Market がある。